17世紀初頭に明の支配下で、満洲に住む女真族の統一を進めたヌルハチ(努爾哈赤、太祖)が、1616年に明から独立して建国した後金国が清の前身である。この後金国の建国と前後して、ヌルハチは満洲文字(無圏点文字)を制定し、八旗制を創始する等、満洲人が発展する為の基礎を築いていた。1619年、ヌルハチがサルフの戦いで明軍を破ると、後金国の勢力圏は遼河の東方全域に及ぶに至った。その子のホンタイジ(皇太極、太宗)は山海関以北の明の領土と内モンゴルを征服し、1636年に女真族、モンゴル人、漢人の代表が瀋陽に集まり大会議を開き、そこで元の末裔であるモンゴルのリンダン・ハーンの遺子から元の玉璽(後に作られた偽物である可能性が高いが)を譲られ、大清皇帝として即位するとともに、女真の民族名を満洲に改めた。尚、この満洲という民族名は文殊菩薩に由来していると言われており、後金国の段階から満洲王朝はラマ教を保護していた。
译文:
清朝的兴起
17世纪初叶,生活在满洲地区的女真人在明朝的统治之下,努尔哈赤逐步统一女真各部并于1616年脱离明朝统治创立后金国,此即为清国的前身。在建国初期,努尔哈赤创制了满洲文字(无圈点文字)及八旗制度,这就为满族的发展奠定了基础。1619年,努尔哈赤在萨尔浒之战中击败明军,从而一举占领辽河以东。其子皇太极更将国界推至山海关一线,并征服了内蒙古。1636年,女真人、蒙古人以及汉人的代表齐集沈阳召开大会,会上,蒙元孓遗林丹汗之子献上“传国玉玺”作为大清皇帝登基的凭证,女真族并改名满洲族。另据称,所谓的满族之名因文殊菩萨而来,自后金建国之始,满族王朝就一直保护喇嘛教。